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資料解説
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2025文化財ウィークWeb展示資料解説「のちの昌平坂学問所となる湯島聖堂を描いた絵図です。寛永9年(1632)、林羅山は、尾張藩主徳川義直の援助を受けて、上野忍岡の家塾の邸内に孔子を祭るための廟堂・先聖殿を創建しました。元禄3年(1690)、5代将軍綱吉は、先聖殿を神田湯島に移転することを命じ、元禄4年(1691)に竣工しました。林家の家塾もこちらに移動し、湯島聖堂と呼ばれるようになりました。この絵図は移転後の様子を伝えるもので、ここで行われた儒学の講義を聴きに多くの人が集まったといいます。」(An illustration of Yushima Seidō, which later became the Shōheizaka Academy. Its origins lay in the Confucian temple established in 1632 within the private school of Hayashi Razan at Ueno Shinobugaoka. When the school was relocated to Kanda Yushima, it came to be known as Yushima Seidō.),文化財ウィーク2014リーフレットp.10「元禄元年(1688)、5代将軍綱吉は幕府の公式行事として先聖殿に参詣しました。この事を契機として、一臣下の私的施設である先聖殿とは別に、新たに湯島に造営されたのがこの「大成殿」、いわゆる湯島聖堂です。この図は元禄4年(1691)の竣工直後の様子を伝えるもので、ここで行われた儒学の講義を聴きに多くの人があつまったといいます。」
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