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カテゴリ
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/浮世絵
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浮世絵種別
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その他の浮世絵
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画題等
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東京名所之内京橋通り之真景
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トウキョウ メイショ ノ ウチ キョウバシ ドオリ ノ シンケイ
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絵師・落款
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版元
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出版年
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明治
12年
4月
1879年
4月
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版種
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大判/錦絵/堅
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分類
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開化絵、一般/各区/日本橋、京橋(第一大区)/京橋/
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書誌注記
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資料解説
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『近代日本の夜明け』図録解説p.14「市街改造をめざした煉瓦建築も、当初の不評から、その後の予定地区の工事を中止し、単に銀座一帯を新しい名所としたにとどまり、他の地区はあいかわらずの木造家屋の街並が続いた。銀座通りにほど近いこの京橋通りも、昔ながらの土蔵造りの商家が軒を並べている。それでも、ガス灯が立ち、人力車や洋装の人が行きかう町には、開化の風が感じられる。雨天でもないのに傘をさした人が多く見えるのは、こうもり傘が文明開化の小道具の1つと考えられていたからである。左から乾物屋、糸屋、呉服屋、茶店が並んでいる。右端に高く掲げられた赤い旗は、紅を扱っている店の印で、その店の横には、口上につれてのぞき穴の奥の絵がかわる「のぞきからくり」の見世物が出ている。背景の空が真紅に色どられていることは現在の目から見ると異様に感じられるかもしれない。しかし、この絵に限らず、明治の開化を描いた錦絵では、派手な赤と紫が多用されている。これはそれまでの植物性顔料にかわって輸入の安価な鉱物性顔料が使用されるようになったことにもよるが、開化の時代自体が、派手な色、明るさを求めていたからであろう。」,『明治前期の東京』図録解説p.23「明治12年頃の京橋のたもとを描いた図。乾物店下総屋芳太郎、糸店糸屋半次郎、呉服店伊勢屋久八、紙茶店太刀伊勢屋長兵衛、同支店小間物屋伊勢屋弥助、下駄店扇屋庄次郎が並び、左手京橋を越えて読売新聞社。扇屋の横で、のぞきからくりを子供が見ている。赤毛布を羽織った車夫が、おかみさんにしつこく乗車を勧め、外人の姿も見える。」
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件名
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歌川広重(3世)(ウタガワ ヒロシゲ)(1842-1894)
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文庫名
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東京誌料
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請求記号
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0422-C18/東C0422-C018
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資料コード
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4300517842
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製作者
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東京都立図書館
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画像の使用条件
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パブリックドメイン
(詳しくは「画像の使用について」を参照)
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