カテゴリ /浮世絵
浮世絵種別 役者絵
画題等
[鐘淵劇場故]  
カネガフチ カブキ ノ フルゴト  
絵師・落款
歌川国貞(1世)  
五渡亭国貞画  
出版地 江戸
版元
与  
上村 与兵衛  
出版年 文政05(1822)3
改印等
画中文字 「五郎七 大谷広右衛門」 「願てつ坊 坂東三津五郎」
版種 大判/錦絵/竪
分類 役者絵/隅田川///
上演年 文政05(1822)03・13
上演場所
江戸  
中村  
興行名
頼政射家桜  
ヨリマサ ユミヤ ノ イエザクラ  
二番目  
演目
鐘淵劇場故 頼政射家桜  
カネガフチ カブキ ノ フルゴト ヨリマサ ユミヤ ノ イエザクラ  
役名・役者 五郎七(5代)大谷 広右衛門、願てつ坊(3代)坂東 三津五郎
書誌注記 ;;;;;;;;;;;|//////////////|/
資料解説 2025文化財ウィークWeb展示資料解説役者絵で描かれた夜蕎麦(やそば)売りの姿です。秋から春にかけての寒い期間の夜中にのみ営業していました。この絵は文政5年(1822)3月に中村座が上演した歌舞伎の一場面です。なお、一人で担いで運ぶことのできるこうした屋台は「担い屋台」といい、甘酒や漬物売りなどでも使われました。一方で、造りのしっかりした大型の屋台は「屋台見世」と呼んで区別されました。」(Part of a series of woodblock prints depicting actors, this illustration shows a nighttime buckwheat noodle vendor. These vendors worked only at night during the colder months from fall through spring. This kind of simple stall carried on the vendor's shoulders was known as a ninaiyatai (mobile stall), while the larger, immobile type was called yataimise (shop stall). ),2012文化財ウィーク(14)「役者絵で描かれた夜蕎麦売りの姿です。蕎麦は江戸時代には庶民に人気の食べ物でした。寛延4(1751)年にはすでに、蕎麦の製法のみならず、当時の府内の蕎麦屋の実態を記録した『蕎麦全書』3巻(日新舎友蕎子(にっしんしゃゆうきょうし)著)が著されています。この絵は、文政5(1822)年3月に中村座が上演した歌舞伎の一場面です。」,『江戸の食べもの』図録解説p.9「蕎麦を専らとし饂飩も兼売る夜蕎麦売が江戸の町を横行し、その調法さ故に大きにはやっていたことは、展示資料39の黄表紙にもあるとおりである。それより90年も以前の貞享3年11月「火を持歩き商売之儀停止」の町触れに蕎麦切饂飩の名が見え、その後も防火上しば/\取締りの対象となったらしいので、このしがない商売はいつの時代にも存続した物と思われる。この絵は文政5年3月中村座上演の折のもので、『隅田川続俤』の書き替え狂言である。法界坊に相当する願哲坊が懐からとり落した財布の小判を蕎麦売の目にふれさせまいと、もう一杯お代りを頼んでまぎらす場面らしく、蕎麦売はけゞんな目つきをして、蕎麦の入った笊を左手に、右手は空の丼を受けとろうとしている。傍らの荷には「二八 そは うんどん」の字の入った掛行燈があり、当時の夜蕎麦売の姿をいく分かは伝えてくれる。なお夜蕎麦売は、夜鷹蕎麦、風鈴蕎麦とも呼ばれたが、同一であったか区別があったか明瞭でない。たゞ風鈴蕎麦売は屋台に風鈴を下げて売り歩いており、宝暦頃にはその呼び名があるようだ。参考写真は、合巻「夜話情浮名横櫛」第5編の袋であるが、屋台には風鈴が2個下っている。」
件名 歌川国貞(1世)(ウタガワ クニサダ)(1786-1864)
文庫名 東京誌料
請求記号 M138-10/東M138-010
資料コード 4300628743
製作者 東京都立図書館
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