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カテゴリ
/江戸城
資料群
重要文化財
題名
西丸二重橋建地割
ニシノマル ニジュウバシ タテジワリ
西丸二重橋建地割(端裏)
数量
1舗
大きさ(cm)
37.1×82.0cm
造営年度
元治度
建築区分
西丸
二重橋
図面種類
建地割
書誌注記
;;;;;;;;;;;|//////////////|/
資料解説
シリーズ江戸城 5「東京名所の一つ「二重橋」の名前の本当の由来をご存知ですか? 明治21年、現在の「正門鉄橋(せいもんてつばし)」に架け替えられるまでは、画像のような木橋でした。この辺りの堀が深いため、石垣で設けた段差に土台となる木材を渡し、その上に橋脚や橋桁を組むという二段構造になっているのが見て取れます。またの名を、西の丸下乗橋、月見橋とも。図面のほぼ中央に描かれた土台となる部材には、「橋渡長サ七間七寸(=約12メートル強)」とあります。同時期に架け替えられた二連アーチ(いわゆる眼鏡橋)の「正門石橋」と取り違えられたり、二つの橋が重なって見えるのでまとめて「二重橋」と呼んだりの混乱は、既に戦前からあったようです。」,2005文化財ウィーク(31)「西の丸下乗橋(現、皇居正門鉄橋)の建地割図と、元治元年(1864)に建てられた西丸仮御殿の平面図です。二重橋の名は、この辺りの濠が深く橋桁を二重に組んであったために付けられました。この木橋は、大手橋(現、正門石橋)と共に明治に架け替えられています。西丸仮御殿は、文久3年(1863)の火災で本丸・二の丸御殿共焼失したため大幅改造して幕府政庁としたものです。大広間に中門がなくなり長局が縮小される等、極端に簡略化されました。」,『第1回江戸資料展』図録解説p.14「二重橋の古い姿。堀が深いので2重に梁がかかっているので二重橋と呼んだという。」
文庫名
東京誌料
請求記号
6171-70/東6171-070
資料コード
4300032082
製作者
東京都立図書館
画像の使用条件
パブリックドメイン (詳しくは「
画像の使用について
」を参照)
本資料のURL
/da/detail?tilcod=0000000002-00006885
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